
2011.2.25
写真家・操上和美さんの ' いい女 'と「馬へのオマージュ」展での写真 ー No.25
前述のスタイリスト徳丸真代さんからご紹介いただき、長くトップを走り続ける写真家の操上和美さんご夫妻にも大変お世話になり、いつお会いしてもとにかくすごくカッコいい。最近では映画「ゼラチン シルバーLOVE」も撮った。有名すぎるので説明は省く。前出の徳丸真代さんが昔'いい大人の女'という概念的なイメージを作った第一人者と書いたが、よくご一緒にお仕事されていた操上和美さんの写真にも抜群にいい女が存在する。もちろんいい男もだが。
操上和美さんの写真 Asami Kobayashiそして、'いい馬'も。以前、都内美術館で「馬へのオマージュ展」というのがあった。馬具工房から創業し今日に至る発展を遂げたエルメスの特別協力によるコレクションの公開、によって、写真草創期から現代までの'写真がとらえた「馬」'を辿ったもの。確か、美術館の展示の一番最後の作品、'IV. オマージュ'はとても大きなサイズでそれは美しい馬の写真があって、しばらく立ちすくんでしまったが、それが操上さんの写真だった。ずっと心に残っている作品のひとつだ。
図録から。
操上和美さんの楽しいクリエイションがみれます。
KURIGAMI KAZUMI ⇩
2011.2.24
オマージュHommage for 徳丸真代さん ー No.24
20年以上大変お世話になった。自立していて仕事に非常に厳しかったがこちらが本当に弱っているときは手を差し伸べて助けてくれる人だった。少女のように天真爛漫で明るく強かった、強うそうだった。フリーで長く女性一人で生き、続けていくことは大変だ。かなり頑張らなければならない。メキシコの大女優マリア・フェリックスとイメージがダブっていた。爬虫類を飼い、カルティエ・パリ本店にペットの本物のクロコダイルを身体に巻いて現れ最初にヘビとワニのネックレスをオーダーしたことでも有名な女優。とてつもない強い個性、でも徳丸さんは正直ですぐに壊れてしまいそうな繊細さを持ち合わせていた気がする。強さと弱さ優しさは表裏一体。最初に新しいことを生む人、新しいものを崩したい揺るがない美意識をもっていた。80年代には'いい女'というひとつのスタイル概念を作り、スタイリスト草分け的存在だった。お心遣いの深い徳丸さんからいただいた。多くのプレゼントの一部、美しいものばかり長くBALIを愛しBALIの土っぽくモダンな独特のスタイルを仕事にも生かし、インテリアのスタイリングにも特異なセンスが輝いた。徳丸さんはBALI 'JENGGALA'のデザイナーでもあり今もオーダーできる。JENGGALA Bali⇩
2011.2.24
岩手県滝沢村の無農薬野菜「ちいさなたね」さんから ー No.23
以前もご紹介した盛岡市滝沢村の無農薬野菜の直売店「ちいさなたね」は毎回新鮮でおいしいお野菜や卵や豆、手打ち蕎麦など東京までも全国送ってくださいます。
岩手山の雄大な景色
東京からお嫁に行かれ20年以上'ちいさなたね'鈴木千里さんから今日届いたステキなメールをご紹介します。
「ちなみに昨日岩手山でキクラゲ捕りました。キクラゲは年中とれますが保存するにはきれいに乾燥させる必要がありこの時期は自然に乾いて良い状態で収穫できます。また雪が固まりカンジキを靴にはいて雪の上を沈まずに歩けるのでお天気の良い日ウサギやカモシカなどの足跡をみつけながら山に入るのは最高にたのしい時期です。湧き水からはクレソンも芽を出してますがまだ早いので採らずに時期をまつことに。段々に春めいてきて山の息吹を感じます。今年も皆さんに山の元気をお届け出来ることに感謝します。」(ちいさなたね→FAX 019-688-6872)
2011.2.23
茨木のり子の詩集と生活の風景 ー No.22
マザー・テレサに関する詩を書いたことで茨木のり子さんの詩集「依りかからず」「自分の感受性くらい」を知ったとき、
ちょっと大人になった気がした。有名なので内容は省くが最初に読んだ詩で特に印象に残った一節だけ。
「依りかかるとすればそれは椅子の背もたれだけ」
当時何を悩んでいたのかすっかり忘れたがこの詩に随分励まされた。
若い頃、茨木のり子さんの詩をいくつか読んで、何かに強く心打たれながら、
'激動の時代を生き抜く、気骨ある人、でも寂しそう、きっと独り'と、勝手な印象を持ったが、その後、夫ととても仲の良い愛情溢れたしあわせな私生活があることを知った。
自分がとても恥ずかしくなった。驚き,余計に好きになった。
男女の愛情がすべてではないが、愛情を知っていることは、しなやかな女性である証。どんなときもどこにいても、大切なことをもてる品位、を考えさせられる、これからも常に考える途中だろう。わたしなど追いつくことはできない。でもいつか今よりもっと深い愛情を今より多く持てるかもしれない。わたしは茨木のり子さんの詩からいつも空気の澄んだ美しい空を連想する。長く親交の深かった谷川俊太郎さんが茨木のり子さんが亡くなった時 捧げた詩も素敵でその一節「私から触れることはできないとしてもあなたは今も私に触れてくる風に和む手で 雨に癒される眼差しで星々にいつくしまれる微笑みで明日を夢見ることを許された一日の終わりで」亡くなった後、書斎に置かれた原稿がみつかり、そこには夫と二人だけの世界があり、周囲には「死んだ後に出したいものがある」とだけ話していたらしい。なんだかすごくいい。苦悩や戦うことがあったとしても、夫婦二人だけの時間がやすらぎ、ささやかな日常、慎ましい生活があり、かけがえのない幸せな生活の風景がここにもあって、などと想像してみる。谷川俊太郎さんが「人間としての、女性としての最良の部分が言葉になった」という、茨木のり子さんが亡くなった後に出た夫宛の恋文のような詩集もこれから時間をかけてじっくり読みたい。「新婚の夜のけだるさのなかわたしは思わず呟いたどちらが先に逝くのかしら
わたしとあなた」(「その時」より)
2011.2.20
Pianist フジコ・ヘミングFujiko Hemmingの東京の家と絵 ー No21Fujikoのピアノは孤独であたたかく心に響く。ときどき譜面通りでないらしいが、私はFujikoの繊細で激しい鍵盤の音を好む。
完璧そうなものより、足したり引いたりいい抜け感覚がある方が人間的で魅力的。そこが才能、センス。音楽にも体温みたいなものを感じたい。
媒体でみるFujikoの部屋、服の着こなし、その印象はピアノの演奏と同じ、Fujikoだけのもの。
静寂と情熱さまざまなムード、独創的なFujikoらしい世界。長いヨーロッパ生活のもの、少女っぽいもの、ジャンクな不思議なもの、いろいろ混在してるけれど、やはり抜け感には知性があって、Fujikoの部屋のインテリアは最もセンスがいいと思う形のひとつ。それは生き方。スタイルというほど畏まっておらず、自立していてとても自由。色彩,照度,置いてあるもの,息づかいが聞こえてくるような空間。そこに暮らす人の心や生き様は住空間にも映し出されて、見ていると楽しい。
Fujiko東京の家、猫ちゃんたちもスウェーデン人の父が建築家・画家であるFujikoも絵を描く。そこにも少女のような正直で愛情深い心がみえて楽しい。
かわいらしいFujikoの絵、豊かな線や美しい色。
谷川俊太郎さん編・詩集「祝魂歌」の表紙にもなっています