SAKURANOKI は代々木公園 近くのオフィス。
長くインテリアビジネスに関わりみてきた多くの中から、ここでは暮らしに心地よいものや情報などご紹介しています。

2019.5.31

シアターライブへ         ー No.550



赤坂で舞台 '海辺のカフカ' を観たその足で日比谷、山下達郎さんシアターライブへ。

山達さんには、都会のイケイケとは違う洗練された東京人らしい、東京の文化を感じる。色気がありかっこいい。

感動的な芝居と音楽と映画、
美しい光をたくさん感じた日でした。

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誠実で美しいものが、昔も今もわたしに多くの想像力と希望をくれる。







2019.5.31

海辺のカフカ 舞台  ー No.549



『海辺のカフカ』舞台へ。

村上春樹さんファンには嬉しい、蜷川幸雄さん演出は原作イメージそのもの、正に本のページをめくるような感覚に。幻想的な美しい舞台に驚き感動。


世界ツアー、祭典でパリ上演、この東京赤坂がラストステージ。寺島しのぶさん、すてきでした。


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また、この赤坂、TBSのエリアは昔の記憶を呼び起こす。

旧TBS、TBS会館の地下にあった、イタリアンのグラナータ、ざくろトップス..


そして、この坂道の上にあったハックルベリーという本屋さん、

ここ、一時期は若い頃の松浦弥太郎さんがインショップを持ち店頭にも立たれていた時期。

確か、コーヒーを飲むスペースもあったり、実にすてきな本屋さんだった。

赤坂の、大好きだったあの頃の景色、すべて。

夢ばかり見ていた頃の自分の姿。


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余談。高校生の時 ぴったしカンカン というクイズ番組のオーディションをTBSに受けに行ったことも、ついでに思い出してしまいました。子供の頃の、お友達との楽しい思い出の一つ。


海辺のカフカ、大好きな小説。

人間。

光と影。美しい舞台でした。





2019.5.27

ヴィコ・マジストレッティのこと ー No.548



インテリアの仕事に転職した1987年11月の、研修中の入社3日目から最初に入った仕事が、ヴィコ・マジストレッティ Vico Magistretti の日本で最初で最後となる個人住宅で、
マジストッレッティ指示のもと、インテリア全般を手配する担当に任命された。入社試験は実技にそれも含まれており、選ばれた。

社会人になり企業に入った後、インテリアのスクールで基礎の勉強はしたが、その程度、特別プロになろうという意欲も準備もなかった。欲がなく、ただ好きという気持ちが幸いだったのかもしれない。

絶対に入りたいとか興味ある会社でもなかったが、
ただ、何か引き寄せられるような、不思議な縁は感じた。

この仕事は、そのタイミングで辞める優秀な先輩からの引き継ぎで、もう時間がギリギリ手配が間に合うかどうかの時、
若い新人のわたしがいきなり担当となり、他の仕事も多く兼務となり、嫉妬も受け、嫌がらせも多く受けた。
業務が進まず、実力もないので、大変苦労した。
結局は、周りの多くの方々、現場や施主に多大な助けをいただき、何とか、と言っても約2年後に終わった。

初めて経験する理不尽な事柄に何度も泣き苦しみ、でもそれ以上に時代や会社の勢いもあわさって関わった重要な多くの仕事を通じて出会った、すばらしい人たち、恩師たち、支えてくれた仲間、マジストレッティという偉大な人の知性、やり遂げるしかない使命感、
全ての経験、感情は、苦しみからしか味わえない喜び。
乗り越える幸せが優った。

そして、この物件によって、業界や社内の誰よりも、買う人使う人の喜びや幸せを叶える ーほんのわずかであってもー 手助けをする仕事であるべきと、早く知ることができた。
暮らしに大きな投資することに人がいかに真剣か、その当たり前のことを目の当たりにした。

自己主張が激しい業界の中で、立ち位置を自覚したことは、その後の厳しい逆境や重責の中でも、組織の群れに流されずとても役立った。

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写真は、ヴィコ・マジストレッティと、
担当した、マジストレッティ設計インテリアの、唯一の日本の目黒区青葉台の個人邸。玄関ホールからお庭を望む。庭には、'ハナミズキ'の木を植えるよう指示があり、造園にも苦労した。この家は今はもうない。

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この最初の物件からマジストレッティとの仕事はいくつか続き、
1990年初ミラノ出張でも、打ち合わせや、お食事も同席したり、何度も会える機会を得られたことは、実に幸運だった。

この住宅の写真は少ないけどいくつか残っている。整理できたらいつか紹介したいと思います。

共に協力くださった方々、今もマジストレッティを思う方々の為に。




2019.5.27

初めての海外出張 1990        ーNo.547



平成が始まってすぐの1990年に、初めて海外主張でパリ、ミラノへ行った。

それまでバブル時代の典型的な会社員生活を楽しみ、よく遊び、国内外旅行も多くしていたが、
20代前半で仕事となると緊張感と、でもそれ以上の高揚感でいっぱいだった。

当時は未だ、ミラノサローネ(国際家具見本市)にも日本人がほとんどいなかった。
多忙だったが、出会い、景色、仕事、全てが衝撃だった。


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そういえば、ミラノに着き、チェックインしたホテルから街に出て直ぐに、前を横切った男性とぶつかりそうになった。
目の前の顔、それは、ルチアーノ・パヴァロッティLuciano Pavarotti だった。

わたしのミラノという街の第一印象として強く残っている。




2019.5.23

銀座でDJライブ



銀座のギャラリーで荒木悠さんアート作品の中で、奈良美智さんのロックなDJイベントがありました。

世界的なアーティストなのに気さくで、愛情あふれる奈良さんの思いと、すてきな音楽が会場にあふれ、そこにいた皆でエア乾杯、しあわせな夜でした。

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