SAKURANOKI は代々木公園 近くのオフィス。
長くインテリアビジネスに関わりみてきた多くの中から、ここでは暮らしに心地よいものや情報などご紹介しています。

2018.11. 6

新たな出会いやパンのこと       ー No.514



去年から今年にかけて特に新たな 実に多くの出会いに恵まれた。
若い頃ほど好奇心も強くなくパーティは相変わらず苦手で積極的に働きかけたのでないから不思議
何かの転機か、
いづれにしてもうれしいこと。

いい人はいい人につながっている。

出会いとこの写真のすてきなパンの物語は後ほどまた。

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美しく美味しいnanacoさんが作るパン


2018.10.20

父の手作りの家具         ー No.513



子供のころある時期まで大好きだった父。ただある時期から若い厳しくなった父に反抗した。今思えば未熟だった自分。

20-40代にかけてとくに情熱を注いで集中したインテリアの仕事。多忙ととくに後半の経営の重責、数字と人事には特別押しつぶされそうで天国と地獄を経験したが、
家や暮らしインテリアやまたはそこにいる人に興味を持ったのは父からの影響が大きかったと最近気づく。


いわゆる昭和に流行った日曜大工。父はいつも庭で多くのものを器用に作っていた。それは今も続いている。

わたしがひとり暮らしを初めて約7年後結婚を機に自分で家を買った後、仕事柄もつコルビジェやマジストレッッティやベリーニ、スタルク、カステリオーニなどと一緒に、
父の手作りの什器や家具が並ぶ。

たとえば、ワインラックや脚立やバスルームの棚やベランダのプランターボックスやサイドテーブルなど。

それらは、コルビジェよりすてきだったりする。

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父が作ってくれた一つ 脚立。小さめでとても使いやすい。
上にある本は父が入院した時貸したわたしの本。河合隼雄さんの言葉は父を元気にしてくれたようでよかった。


残された時間、父といろいろなことを共有したい。


2018.10.11

父のこと 両親から教えてもらったこと ー No.512




元気だった父が3月に倒れたが手術成功し無事5月に88歳のお誕生日を迎え、6月3日に家族皆で米寿のお祝いすることができた。
今年はこのことだけで充分しあわせ。

わたしが家やインテリアに興味を持ち仕事としたこと、日本的な暮らしの反動で海外への憧れもあったが、
父が築いた家、家庭からの影響が大きかったと徐々に、

植物を大切に育て粛々と日々の暮らしを大切にする、バブル時代でも変わらず、身の丈に合う生き方をしなさい、と言っていたこと、その大切さが今になってよくわかる。

一方、長くいた創業者時代のCassinaというインテリアの会社のイタリアのマジーニCassina社長と日本の武藤社長からは、
別の角度から生活の豊かさの本質を教えていただいた。

 ItalyのマジーニCassina社長はお会いする度に
「いつも君に感謝している」という言葉を先ずくださった。

いづれもこんな小さな私を信じてくれた。

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父の米寿に家族皆でプレゼントした花束 黄色のダリアの花言葉の一つは感謝


父が病気になってから大人になって初めてすごく長く病室で多く話をした。
母との出会いから結婚やいろいろな思い出、仕事の苦労
子供のころ病気で亡くした妹への想い
再会したい人の名
今まで知らなかった多くを。

そして春に向かう3月のある日大雪が降った空
2度目の手術の前日の美しい夕陽

前より元気に若返った父の笑顔。

この時を決して忘れない。

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桜が咲き始めた3月 1日大雪が降った 父の病室の窓から一緒に見たその日の空


40代初めに長い会社員生活を辞めた理由は幾つかあった。もったいないけれど仕事の依頼の多くを断った。そして結婚を機にどんなに仕事を頑張っても普段の生活や家事をきちんとできない生活が続くのは嫌だった出来るようになりたかった。その大切さを両親から言葉でなく教えてもらってきたことに気づいたから。

米寿のお祝いの会で家族宛に父に手紙を読んでもらった。そこには父が経験してきたこと父からの家族へのお返し感謝の言葉がありその途中父は涙を流した。目に見えない通じあう美しい瞬間だった。

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父の病院への行き来で何度も通った中野通り 桜が満開の美しい季節だった
この景色 不安や喜び 多くの思いとともに永遠に記憶に残るだろう

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2018.10. 3

映画のこと 3    ー No.511



映画は長い間たくさんの想像力をくれた 夢と現実を複雑な人間を見せてくれた インテリアの仕事にも間接的に置き換えて活用した
ノリというような目に見えない多くのものを

それは特にCassina Japan創業者とのクリエイションの中で(私の場合は売るという結果までのプロセス)話し合うまでもない共通した感覚だった。

前回に続き他のSNS上で10本に絞って紹介した過去衝撃を受けた映画の一つに、フレデリコフェリーニの『道 La Strada』を挙げた。

とても悲しくとても人間的な物語  
この時代背景は現代に通底しているようにもとれる

10代で初めて観たときの深くシンプルな感動を持てる自分がまだいつかどうかいつか試したい。

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おそらく生涯で数ではいちばん多く見るのは「ゴッドファーザー」になるだろうと思うけれど
映画の記憶はその時そこに隣に一緒にいた人をも思い出す。

それはとてもすてきで大切なこと。


2018.9.27

映画から 2     ー No.510



前回から続きで、今SNSの一つで回ってきた'かつて衝撃を受けた映画10作品'の一つとして。
『愛の嵐 The night porter』
鎖に繋がれたままジャムをなめる、とか倒錯した男女の愛。非現実的な形だけど本望かもしれない。
退廃的な映画も若いとき憧れてよく観ました。『ソフィーの選択』とか、フランス映画も多く。デカダンス映画ならでは。

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この映画の妖艶な Femme fatale は今も知的で美しいシャーロット・ランプリング、映画'ベニスに死す"も素敵だったダーク・ボガードはジェーン天バーキンとも仲良いらしい。
ダーク・ボガードも色気あり魅力的だから、ドラマティックな美しい映画。

映画は昔も今も心をしなやかに豊かに導いてくれる。


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