
2014.3.29
アキッレ・カスティリオーニ Achille Castiglioni 1 ー No.327カスティリオーニの名を知らなくてもそのデザインを見て知る人は多いと思う。私が1980半ば頃にカスティリオーニのデザインで初めて見た照明器具
左/きれいな瞳のカスティリオーニ右/スタンド灰皿。1980年代に見て驚いた。砂を入れてタバコの吸い殻をさしていくデザイン。発想と、佇まいの美しさ小さな自分の人生の、仕事人生の中でのとても大きな出会いだった。私が初めてそのデザイン実物を見たのは1980年代中頃、スタンド灰皿と照明器具。一瞬で美しさにひきつけられその場から動けなくなるような衝撃を全身心に受け、穏やかに強くその世界観に引き込まれる不思議な感覚に陥った。奇跡のような光。左/生前のステキなカスティリオーニ右/自身デザイン現在も大人気の照明器具ARCOと一緒に。美しく機能的。当時まだカスティリオーニを知らず先入観がなかった。日本にも大きなイタリアモダンのブームが起っていたが、私がそのとき在籍していた会社Cassina Japanは10年以上早いスピード感でインテリアデザインを牽引していて既に多くのカスティリオーニのデザインを扱っていたので、日々実物を日々見て触れることが出来た。とても幸せだった。美しいものは人をしあわせにする。現在は自宅にもカスティリオーニのテーブルや照明器具やプロダクトが多くある。好きなもの選んでいるうち自然にカスティリオーニを選んでいたよう。優れたデザインは、どんな空間でも馴染み、他との調和もとれる。美しいデザイン、クリエイティビティは、自分だけが知っていたいと思わせる凄さがあるけれど、知識があるなしはどうでもいいこと。美しいもの優れたものを感じるパッション気持ちを分け合うべき。選ぶ人 使う人のものだから。インテリアの仕事でずっと思ってきたこと。デザインされたものは難しいものでなく、好きで所有する人のところでもっと磨かれていくもの。左/1980年中頃当時広尾にあったCassinaJapanの本社の階段などにあった。中/AOI 光がガラスを通し優しい光。いつか欲しい。右/デスクスタンド。光が一旦反射板に当たって光の出し方を調整するデザイン。小さな間接光がほんのり美しい。 人が作ったものがここまで神聖な光を出すとは、奇跡だとまで感じる。デザインしたALESSI社のカトラリーやプロダクトを洋服に纏ったカスティリオーニ。天才はユーモアのセンスも抜群。人間性もみえて楽しく嬉しくなる。生前 カスティリオーニが手がけた多くのデザインは世界中の人に愛され、神聖な日用品として人々の生活に自然に馴染み時代を超え生き続けてる。すばらしい。私はこの美しいディテールには小さな天使たちがいる、そう信じている。
2014.3.18
咲くまでもうすぐ ー No.326
リビングから見える大きな山桜、今年も4月に咲く予定。ただ老木で老朽がひどいのでそろそろ伐採されてしまうのではと心配。これがあるからここに暮らしてるのでなくなったら悲しい。今年はたくさんお花が咲くと嬉しい。
以前の写真。実際はピンク色のころんとしたかわいいお花がたくさん咲きます。
2014.3. 9
空の色 ーNo.325
待ってと追いかける空。いつも変化してる空の色が世界で一番好き。
2014.3. 6
Carine Roitfeld カリーヌ・ロワトフェルド 映画に ー No.324
予告編 動画 ⇩元フレンチVOGUE編集長やトム・フォードがデザイナーだった頃共にGUCCIに関わったなど若い頃モデルから現在まで長くトップでファッション業界を牽引してきた 「カリーヌ・ロワトフェルド Carine Roitfeld」 が映画に。エレガンス って何だったか思い起こす機会になりそう。デザインに詳しいとかセンスのいい人は山ほどいるが、真に洗練を実践してる人には滅多出会えない。ファッション界の華やかさは憧れ同時に苦手だけど、カリーヌは特別な憧れ。ファッション界を表層的にだけみてバカにする人もいるけれど、芸術や伝統、そこに生きる人たち、とても奥深いはずだし、時代と共に時に生き続ける夢。カリーヌの身のこなしは生き方そのまま見てるよう、自分に何が必要か知ってることは知性。そしてインテリアのセンスも抜群にいい。ずっと変わらない一貫したスタイルはすごい。
写真はカリーヌの自宅。高価な有名家具もコピーも含め世界中に氾濫し、日本ではモダンインテリアは後退していく感、成熟できないつまらないものになっていくばかりだが、有名ブランド家具も、カリーヌが使うと本物に。写真1枚だけで久しぶり心が躍る。個性と意思がみえる。そして贅沢で嘘っぽいこの時代に、少し過去に遡ったり立ち止まったりしながら、真の豊かさって何だったかどうすべきなのか繰り返し考え直す。一人一人が考えるべき現代の課題だから。カリーヌに関するものは過去に、2011.6.11 2012.8.30 にも掲載しています。カリーヌ パリ自宅のダイニング。氾濫してる有名家具も使う人により普遍的な洗練されたものに。
2014.3. 1
向田邦子さん 手袋のこと ー No.323冬も終わりに日ごと春めく季節だけど、手袋のことを少し。10年くらい前 イタリアのフィレンツェに旅した時 手袋を1つ買った。絶対に買うと決めていた。最近は冬でも手袋をすることも少なくなったけれど。今では世界中のもの簡単に入手できるけど、以前は若い頃は旅先での買い物も特別に楽しいものだった。昔の大人は老成していた、と思うのは自分が年をとったからか、とにかく昔の大人には成熟しててかっこいい人がたくさんいた。だから若い頃から多くのいい大人に会う機会を得ることができた。今では多くの恩師が亡くなってしまったけれど共有したもの教えていただいたこと、多くの思いは深く心に残り生き続けていく。
作家の向田邦子さんには会ったこともない遠い憧れだがずっと記憶に残る女性の一人。知的な人はおしゃれも上手で、向田邦子さんは憧れ。本業以外にも、旅、食、暮らし、など多趣味で好奇心強い行動力ある自立した女性というイメージが強く残る。
左/向田邦子さんの家やインテリアも興味深い。自分のスタイルをしっかり持つ暮らしが写真1枚からも見える。右/ご自宅、藤田嗣治の絵も似合う。最近たまたま新聞とTVで向田邦子さんの同じ小説の同じ一節に関し語られていた。TVではある作家さんが向田邦子さんの作品を '翳り' と表現した。そう、翳り だ。ぴったりと表現された言葉。きっと真剣に人を愛することを知ってるはずだから。現実ごちゃごちゃした人間に向けられた深い愛情が根っこにある。人に関わるのは面倒も増えるし関わらない方が一見賢そうにみえるけどつまらない、人に興味ある人の方が断然おもしろいし、それを表現できる才能持つ人は魅力的、向田邦子さんは特別。とっても純粋だから。
新聞とTVに同時期に異なる人に語られていた向田邦子さんの小説は「夜中の薔薇」の中の、 紹介されてたのは向田邦子さんらしいすてきな一節。
エッセイ「手袋をさがす」 (向田さん46歳の時。引用⇩)「22歳の時だったと思いますが、私はひと冬を手袋なしですごしたことがあります。気に入らないものをはめるくらいなら、はめないほうが気持ちがいい、と考えていたようです。」
私は何がしたいのか、何にむいてるのか、という そして、未だに何かさがしている、ーー
深い美意識が裏付けされた真っ直ぐな言葉の清々しさ、こんな風に生きてる人が好き。損得や勝ち負けばかり多く聞こえてくる毎日に嫌気さし、遠い日に生きていた素敵な人たちの存在が今 リアルに甦ることも多い、年をとったせいか。あるいは信じることがずっと変わっていないからか、だとしたらすごくしあわせ。
今年もフィレンチェで買った手袋をしないまま冬が終わりそう。すぐそこにもう春がきてる。

