SAKURANOKI は代々木公園 近くのオフィス。
長くインテリアビジネスに関わりみてきた多くの中から、ここでは暮らしに心地よいものや情報などご紹介しています。

2018.4.12

Shaker シェーカー の椅子  ー No.480



シェーカーのロッキングチェアを入手しました。
Shaker シェーカー教によるオリジナルという希少なアンティーク。

先日オープンした HIBIYA CENTRAL MARKET ヒビヤセントラルマーケットに南貴之さんが買い付けたもの。2脚しかなかったうち1脚を。大好きな方と一緒にお揃いでなおうれしいです。

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わたしは、1984年にイタリアのDePadova社が発表したことで、Shaker シェーカーを知り、
その後1987年から数年、まだDePadovaに創業者のマダムデパドヴァやパートナーのVico Magistretti マジストレッティがいらした時代に、
そのShakerシェーカーへのオマージュというような形で復刻デザインを出したのだが
日本でも行ったイベントを担当した。

東京と新宿伊勢丹のイタリア展で、とてもすばらしいイベントだった。

そしてそのシェーカーの復刻家具や小物を商品としても扱った。


イベントではディスプレイにはマダム リーヴァがおり、直接指導を受けた。そのミリ単位まで拘るそのセンスの良さは以前書いたけれど、
これら当時のDePadovaとのご一緒した仕事の経験の思い出は多く深く、
ずっとわたしの中に生き続けている。


だから、わたしにとって、Shaker シェーカーは特別なもの。

何十年も前からの出会いが巡り巡って、今回シェーカー教のオリジナルの椅子がわたしの部屋に来ることになった不思議。



2018.4.11

Cassina Japan での仕事 VMD,MD   ー No.479



わたしはそのAXISビルの3FにあったMario Bellini の美しいショールームを拠点に

まだ小さな会社で、いくつもの仕事を兼務した。一つは、VMD,MD=営業企画や商品のレイアウトも担当した。

イタリア、ジャパン両創業者のもとで直接指導を受け、数え切れないほどの経験を出来たこと、幸運だった。

創業者の発想は一般的に想像するものとまったく違う次元で刺激的なものだった。

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Cassina Japan のVMD=レイアウト コーディネートの兼務は創業からわたしは3人目。

兼務、というのも意味があった。未だ小さな会社というのもあったがそれだけではない。わたしは選ばれた時からよく理解できていた。

特に創業者が亡くなり時代も経営も変わりわたしも独立した後、いろいろなところでいろいろな人がCassinaでVMDやディスプレイやコーディネートをしていたと経歴をあげているのを時々見かけるが、それら嘘に驚き落胆する。

Cassina のVMD= レイアウト、コーディネート業務を、伊日 創業者の時代に共にその仕組み基礎を作ったが、
実に現実的なビジネスのための業務の一つであり、
それは日々たいへんな労力と体力をコツコツと積み上げていく地味な作業の連続だった。
大きくは、経営、いくつもの数字から逆算し予測しながら行うもの。
ディスプレイやお飾りのような甘いものではない。


もっと、わたしの前の、本当に何もないところの基礎の根っこを作り上げてくださった優秀な先輩方がいた、
その方々のセンスはすばらしく、
自分の違いにプレッシャーは大きかったけれど、
引き継ぎ、多くの経験をする喜びの方がはるかに大きかった。


その後ずっと、初期のこの神秘的な空間での深い記憶がずっと今もわたしを支えてくれている。


2018.3. 1

AXISビル の中庭と階段  ー No.478



六本木の飯倉片町のAXISビルは1981年にできたデザイン発信のビル。

当時、というか今でも珍しいが、商業ビルなのに外壁にウィンドウがないビルだった。
中庭のように内側に吹き抜けのホールがあり各店舗が内側を向いている。

倉俣史郎さんデザインの階段は特に美しい。

時代が変わろうが形ある限り真に美しいものは美しいまま残る。

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都心の真ん中なのに静かで、光が入り風が通る、
そして家族的な気持ちでいられたのはこのビルの'中庭'のデザイン効果が大きかった気がする。

洗練された外観と、あたたかい雰囲気の内側のバランス。

変化激しい六本木という街で、ここは変わらず今もゆったりとしている。

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1987年はまだ倉俣史郎さんはご存命でよくCassinaに来られていた。
側でお元気そうなお姿を見る機会があったこと鮮明に覚えている。しあわせだった。なつかしい思いに時が戻る。

そして、30年も経った今もここに行くと変わらない景色があり、変わらず居る方々に会えることがとってもうれしい。


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最近のAXISに写真。左/吹き抜けを見上げると空が見える。美しいデザインはずっと変わっていない。右/昔は外壁にウィンドウがなかったが今は1F一部にガラスのウィンドウがある。時代ごとに美しくいい形へ少しずつ変化も。

六本木交差点から飯倉片町のAXISへ毎日向かった。東京タワーを毎日見ていた。大切ななつかしい時代の景色の一つ。


AXIS ヒストリー
http://www.axisinc.co.jp/about/history



2018.2.17

AXIS ビル Cassina  ー No.477



六本木、飯倉片町にある倉俣史郎さんデザインのAXISビルにCassinaのショールームがあった。

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当時のAXIS 


わたしは新たな自分の居場所を見つけた気がした。そこで多くの出会いがあると無意識に感じていた。
当時はそこまで考えていなかったけれど、今になってわかる。

東京タワー、飯倉片町、そこにいる人たち。

1987年
まだ六本木には独特の文化の空気感が残っていた。
あのすてきな景色がずっとわたしの中に残っている。

単に昔を懐かしんでいるだけではない。
過去と今は繋がっていて感動は時空を超える。


ショールームはイタリアのMario Bellini マリオ・ベリーニのデザインで、幻想的な美しい空間だった。

そこで 'インテリア'との本格的な出会いとすばらしい経験が始まった。

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Mario Belliniマリオ・ベリーニのデザインした Cassina Japan ショールーム


昔は良かった、ということではなく、
歴史は大事だと思っている。過去にそこにも人がいて日々築いてきたからある今、そしてそれらは未来へつながっている。

懐かしい思いと共に過去は今であり、大事にすることで一つの時に止まることなく柔軟に変化を受け入れ、動き、次に進むことができると信じてきた。

これはとても大切なことだと。


2018.2. 7

Vico Magistretti マジストレッティの住宅を    ー No.476



20代前半から数十年と長い間、'インテリア'、というものに深く魅了された。
インテリアに夢を感じ集中できた時期が、今はなつかしい。

Cassinaに入社の3日目から、大きな仕事が。Vico Magistretti ヴィコ・マジストレッティの日本唯一の住宅のインテリア。

同時に社内では多くの嫉妬を受けた。マジストレッティの手書き図面や素材サンプルが入った分厚い指示書、そのたった一つの大切なファイルも、同僚に意地悪で捨てられてしまった。


マジストレッティの手書き。これは別の物件写真だけど。例えばこんな感じ。
すてきだった。

マジストレッティが創るものは全てが大きく深く、あたたかい。

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